2010年6月13日日曜日

2010/06/13 水郷・潮来 あやめ祭

(↑いつもどおりに1投稿毎に下から上に読み進ん でください。)このブログには今迄あまり人間が登場していないのですが、今回は途中にも人間がたくさん写っていますので、ついでにとても愛想よくカメラに目線をくださった「あやめ娘」の方々で締めくくってみます。
帰りの参道を歩きながら足元を見ると、マンホールの蓋にもあやめの絵があしらってあった。
白猫君は帰り道の参道でも現れ、見送ってくれた。
銅鐘は国の指定重要文化財。
長勝寺は源頼朝の建立、水戸光圀が荒廃を嘆いて再建、松尾芭蕉にも所縁のある由緒正しいお寺なのである。撮影は控えたが、奥では住職がなにやら書の筆を運んでいたり、抹茶が振舞われていたり、先ほどまでの喧騒とは一味もふた味も違う潮来を味わうことができる。
長勝寺山門。
参道の途中、日向ぼっこ中の白猫君。
長勝寺へは民家の間の細い参道を行く。
少し人ごみと喧騒に疲れてきたので、裏通りから長勝寺に向かうことにした。途中の民家に「潮来花嫁さんの衣装見れます」の表示があったので覗いてみると。。
あやめ娘よりかなりベテランのお嬢様たちによる「あやめ踊り」。
街中では提灯でかざりつけ。
手漕ぎ舟・ろ船のこぎ手には、結構若い娘が多いのには驚いた。
園内の十二橋めぐりの舟乗り場では「あやめ娘」が手を振って見送ってくれる。
園内には蓮の花も。
嫁入り舟、お囃子舟も行ってしまったので、しばらくはゆっくりあやめを鑑賞しました。
続いては「お囃子舟」がやってきました。
が、まだピントも甘いし、前の方の金髪が…。で、オタオタしている間に後姿になってしまいました…。
なんとなんと、AFで撮影したため手前の柳の枝にピントが合い、肝心の嫁入り舟はピンボケになってしまった。が、それがかえって味のある写真になった。あわててもう一枚。
周りの人が「嫁入り舟は少し出るのが遅れたらしい」と話していたのであやめ園の中へ入りしばらく眺めていると上流の方からざわめきが聞こえ、川岸の人たちが一斉にカメラを構えた。嫁入り舟が来たのであった。自分も川岸に寄り、人垣の上に手を差し出しSONY α350の液晶可動モニターを駆使してまずは一枚。
再びJR潮来駅方向へ戻り、前川あやめ園の傍の橋の袂の駐車場へ入れた。絣の上下を着たおばさんに元気良く旗を振られて、思わずその駐車場へ入れてしまったのである。おばさんが「ちょうどお嫁さんの舟が来るよ」と言うので急いで橋から川面を覗こうとするが、人が大勢いて思うように見えない。あやめ園もなかなかの人出だ。
公園の名前は。葛飾北斎が描いた「常州牛堀」にちなんで名づけられたそうである…。
N-Linkに今月のドライブは?「ドライブレポート」というテーマが設定されています。「みんなの声」への投票でQuoカードが当たりました。御礼の意味も込めて今月のレポートです。(N-Linkへはページ内ガジェットのLINKで飛んでください。)
中四国・近畿・東海に至るまでが一斉に梅雨入りした今日、関東の天気も危うい雲行きではあったが東関東自動車道を駆け、水郷・潮来方面へ向かった。潮来I.C.を降りて右折してすぐ左折。水郷有料道路を1kmほど走り大六天神社から斜め左に県道101号に入って行く。潮来駅のところでJR鹿島線をくぐると、すぐ前川あやめ園なのだが、今月は「水郷潮来あやめ祭」であり、おばさんたちが駐車場の呼び込みをしている。一旦素通りして県道5号へ出て、日本第二位、東日本最大の湖「霞ヶ浦」から流れ出る常陸利根川の最上流部へ向かった。常陸利根川は霞ヶ浦から利根川に合流するまでの約25kmほどの河川である。北利根橋あたりから1kmくらいの河川敷には水郷北斎公園がある。
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6月水郷・潮来の「あやめ祭」に出かけてみ ました。あやめは見ごろ、そして日曜日ということもあり、かなりの人出で賑わっていました。が、一歩裏手に入ると潮来の町は静かな町でした。源頼朝建立 で、黄門様・水戸光圀が再建し、松尾芭蕉ゆかりの寺、長勝寺にも行ってみました。ご覧ください。

2010年5月23日日曜日

2010/05/23 房総半島 大山千枚田

(↑いつもどおりに1投稿毎に下から上に読み進ん でください。)

雨があがってくるようであれば千枚田に戻って夕日に映える田んぼでも撮ろうかと思ったが、全くその気配はなかったので帰ることにした。帰りには“枇杷ゼリー”と“そら豆”と“うこっけいの卵”をお土産に買った。今日もV36Skyline370GT Type-Sは快調に駆けてくれた。そういえば先月、エンジンオイルとエレメント交換したばかりだった。3万kmを超えてますます快調!



ここには「白牛(しろうし」が飼育されている。「白牛」は1723年江戸時代に八代将軍徳川吉宗がインドから3頭を輸入し、ここ嶺岡へ運びこんだそうである。嶺岡には戦国時代から牧場があったそうである。軍馬の飼育をしていたそうである。
まだ帰るには早いので、「日本酪農発祥の地」と言われる嶺岡へ行ってみた。
大山千枚田を後にして、先ほどとは逆方向に走り、トンネルを抜けていくとまた長狭街道へ戻った。



千枚田の風景を楽しんでください。
金束あたりで右折して長狭街道 と別れてしばらく駆けるといよいよ大山千枚田だ。大山千枚田には棚田倶楽部というものがあり、田んぼを個人で所有して田植えから稲刈りまでを体験することも出来るようだ。

路肩にはカラー(Calla)の花が群生していた。野生だろうか?
手水鉢の後ろの石段代わりに寝かされている石柱を見ると、天保十三 寅歳正月吉日と刻まれていた。1843年、177年前にはもう存在していた祠なのだ。
手水鉢(ちょうずばち)もかなりの年代を感じさせる。
もう少し走ったところで小さな鳥居が眼にとまり、路肩のスペースに車を停めた。鳥居は赤白にペンキで塗られ、なんだか奇異な感じもしたが、祠自体はかなり古そうなのでお参りしてみることにした。
館山自動車道を抜け富津館山道路を鋸南保田I.C.で降りた。長狭街道(県道34号)を鴨川方面に駆けた。1kmほどで右手に貴船神社がある辺りでSkylineを停め、路肩を下って田んぼの傍まで行ってみた。このあたりも田植えを終えていた。山間の農村ではあったが、この辺りはまだ平坦な中に田んぼがあり、流れる小川も穏やかな流れであった。
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2ヶ月ほど投稿できませんでした。5月23 日の日曜日、久しぶりにドライブに出かけられる条件が整ったけど、空は雨模様。雨の中でもきれいなところはないかとWebで探していると、房総半島大山千 枚田の田植が終わったとの情報。早速出かけてみました。